2014年8月13日水曜日

「キミと夏と山形」に思う祖母のこと父のこと息子のこと

キミと夏と山形 「思い出はいつも、あげるつもりが、もらってばかり。」

現在、JRで展開されている山形ディスティネーションキャンペーンのひとつ。

JRの広告といえば、「行くぜ、東北。」の木村文乃さんがキャッチ含め可愛い訳ですが
この駅に掲出されている大判ポスターの女の子も可愛いには可愛いが、
恋人シチュエーションにしては、可愛すぎる(幼い)モデルを採用したなぁ
実際のこのモデルの子って幾つ位なんだろうと、検索していたら
下記ブログに行きついた

トマトラボラトリー キミと夏と山形

そうか、このポスターの構図は
お父さんが娘を撮っているというシチュエーションなのか!

他のポスターとかを見ると、
父、母、娘の3人による山形旅行を父が写真を撮っていることが分かる。

タイトルの手書き万年筆文字は、
お父さんの日記なのか旅行記なのか

色々検索してみると、
今までのポスターと共にキャッチコピーが、幾つか上がっていて





なるほどね、確かに電車通勤してる
お父さん世代をターゲットにした広告な訳だ。

幸いというか、残念ながらというか僕の子供は息子な訳で、
お嫁に行ってしまうという寂寥感は余り感じないのだが、
先日親子三代で長野へ旅行へ行ったことを
重ね合わせて色々考えてしまった。

息子の成長に対し、余り寂寥感を感じないというのは先述の通りだが
一方で、父親の老いに関しては寂寥感を感じざるを得ないものがある。

昨年末、胃に癌が見つかり一時は全摘出か?という状況だったが
セカンドオピニオンで行った病院での判断で、内視鏡手術でも行けるだろう
ということになり、実際手術の時間は掛かったが、無事手術も成功し、
今では、食事も飲酒も通常通りには行えているのは幸いだ。

とは言え、10年前、20年前に比べれば飲酒量も減ってるし
暑さ、寒さの耐性も大分落ちてきたなぁというのが実感である。
(暑さ、寒さに関しては、もしかしたら以前は唯々痩せ我慢をしていただけかもしれないが)
朝晩の散歩をしている成果、体型も以前に比べたら大分痩せ、
スリムになったといえば聞こえはいいが貧弱に見えなくもない。

そんなことを考え出すと、

「帰りたい夏は、いくつあってもいい。」
「思い出はいつも、あげるつもりが、もらってばかり。」
「一緒の初めては、あと何回あるんだろう。」

というのを、息子でなく父に思うと同時に
父が、僕の息子(要は孫)に対し、

「一緒の初めては、あと何回あるんだろう。」

ということを、思っているのかなとか考えた。

昨年の秋に突然祖母を亡くしたのだが、
生前、割と忙しく自分の友人との交流を楽しんでいた為
実際に会う機会は非常に少なかったが、
僕に息子が生まれた時に、
「私には9人孫がいるけど、ひ孫の顔を見せてくれたのは、お前だけだよ」
と泣いて喜んでくれたので、季節の節目にはいつも息子の写真を送っていた。
だが、昨年はなんかバタバタしている内に、敬老の日が過ぎ、
そして祖母が亡くなってしまったため、敬老の日のカードを出し忘れた事が
非常に心残りだった。

そんな轍を二度と踏まぬように、可能な限り父と過ごす時間を大事にしたいと
改めて、意識するいいきっかけになった。

来年も、また3人で

 キミと夏と信州

しようかな。



ノザキブランド 山形県産牛コンビーフ 100g


2014年8月11日月曜日

仕事の課外授業-569「ねばり」 の感想

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  ねばりというものこそ、

  仕事を完成させるための最後の秘訣であり、

  同時にまたある意味では、

  人間としての価値も、最後の土壇場において、

  この粘りが出るか否かによって、

  決まると言ってもよいと思うほどです。

         『修身教授録』森信三著(致知出版社)

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仕事の課外授業-569「ねばり」 より



おはようございます。
先週の水曜から親父と息子と親子3世代で長野へ各駅停車の旅へ行ってきました。
年々生意気になってく息子に、必ず一言云いたい親父と間に分け入る僕と(笑)
楽チンでは無かったけど、これはこれで楽しかったので
また、機会を見つけて行きたいです。
いい親孝行にもなったかな。
そして普段なら、暑い山梨も高原のように涼しくて朝夕長袖着てました。
今日は、台風一過で暑くなりそうですね。

では、「ねばり」行きましょう。
今回のポイントは、

 己心の魔に負けない「心」

と考えました。

本文中でも、運動になぞらえて

身体を鍛えておかないと、気持ちだけでは走り続けられない

とあるように、
自分の弱点を見据えた上での、日々の鍛錬が必要になってきますね。

問題解決のステップにおける
1.現状認識
2.課題特定
3.打ち手立案
4.評価
の、先ずは「1」からという感じでしょうか?

もう一つ、仕事を始めてから仕上げるまでの課題と対処法として
以下の3つがあげられてましたが、
 1.飽きがくる ⇒ 意志
 2.へたる   ⇒ 根気
 3.一息つきたい ⇒ ねばり
もう一つ挙げるとすると、
 0.腰が重い
というのもありそうな気がします。

「やんなきゃなぁ~」と思いつつ、中々手が付かないアレ
飽きが来る以前に、やんなきゃと思いつつ手が付かない感じですね。

ここでひっかかるのは、
不得手な仕事(苦手意識のある仕事)が多い気がします。
得意な作業、遣りなれた作業っていうのは、
先ずは手を付けることは出来るけど、不得手な作業って
作業にかかるのも一苦労よね。

これを書きながら、ふと気づいたのは
息子の宿題。

0.まず、やりたくないから、なんとか逃げ切りたいけど逃げれない
1.始めたと思ったら、2,3問で気が散って他の事に気が取られる
2.また、始めるんだけど、また「やりたくない~」と葛藤が始る
3.あと少しということろで、「出来ない。出来ない~」

見たいな感じで、毎朝葛藤してます。
こうやって、考えると
学校の宿題は、根気、ねばりを試す修行みたいなものなんだけど
難しいのは、「意志」の部分ですね。

後は、根気、ねばりは時間が経過するにつれて、
どんどん消耗していってしまうので、
期限(時間)を決めその中でやっていくっていうのも
作戦のひとつかもしれない。

まとめると、
自分で、やり切るという気持ちになるところ。
そして、やると決めたらやるということ。
結局「意志」によるところが多い気もするけど
この二つで、色んなワークをどんどんクリアにしていきたいですね。

きょうのところは以上です。

2014年8月3日日曜日

仕事の課外授業-568「尊敬の証」 の感想

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  敬うとは、

  自分より優れたものの一切を受け入れてこれを吸収し、

  その一切を奪いとって、

  ついにこれを打ち越えようとする強力な魂の、

  必然な現れといってもよいでしょう。

         『修身教授録』森信三著(致知出版社)

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仕事の課外授業-568「尊敬の証」より



みなさんおはようございます。
只今 4:30 
昨日は、午後から息子と市民プールに行って戻ってきてから
3家族合同食事会の為、日野駅前の麒麟坊へ
呑んだ食べて帰宅。風呂に入って撃沈という流れだったので
早起きしてこれを書いています。

早速ですが、「尊敬の証」行きましょう!

いやはや、今回はとても深い内容ですね。
夜明け前の自分のデスクで頭をうならせてます

というわけで、今回のキーに入る前に少し寄り道して別の書籍から
引用しようかと思います。

燕雀に(えんじゃく)に鴻鵠(こうこく)の志は分からぬ。 
英雄でなければ英雄を知ることもできない道理である。そこで人を識ると
いうことは畢竟(ひっきょう=つまるところ)我が内に探知することであ
って、我れみずからの修養学問のないところに、人を知り人を用うること
の行われるわけはない。 
『いかに生くべきか 東洋倫理概論』(安岡正篤著、致知出版社)より引用

燕雀と鴻鵠の話にかけて読み解いて行こうと思います。

それで、今回のキーはコレですね。

 「真の敬とは、生命の最も強い働きに他ならない」

今回本文中にもあるように、
一般的に「尊敬」するというと

 「自分には、とても真似ができない!」

という感じが強いですね。
更に、少しまがった取り方をすれば、
すごいけど、真似できない(っていうか真似する気もない)
みたいな使い方も横行している気がします。

しかしながら、真の「敬」とは、

相手のすべてを受け入れるということ

相手のすべてを受け入れるとは、

相手のすべてを吸収しようということ

であり、したがって、真の敬とは
こうなりたい、
この様に生きたい、
このように尊敬されたいという

生命の最も強い働きに他ならない

ということですね。

ここまで書いて、やっと 燕雀と鴻鵠 がでてくるのですが

とある人が、

 「すべての人は燕雀であり、鴻鵠なのではないか」

といっていました。

自分は今は燕雀であるが、
英雄たる鴻鵠を尊敬し、その全てを吸収し、そうなろうという
生命の強い動きの中で、いつの間にか自分自身が鴻鵠になり
燕雀から尊敬を集められる存在なれるだろう

ということなのかな?と想像しました。

僕自身も未だ燕雀のせいか
相手の全てを受け入れるような巨大な鴻鵠に出会っていない
(出会っても気づいていない)のですが、
先ずは、色々な人の尊敬できるところを
丸ごと呑みこむところから初めてみようかと思います。

というところで、きょうのところは以上。

2014年7月27日日曜日

仕事の課外授業-567「真の面目」 の感想

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  真面目において最も本質的なことは、

  何よりもそれが全力的な生活でなければならなぬ

  ということです。

         『修身教授録』森信三著(致知出版社)

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仕事の課外授業-567「真の面目」 より




おはようございます。

今日もとてもいい天気になりそうですね。
昨日に引き続き妻と息子がいないので
朝からハードにワークしてます
涼しいうちにできるだけ、頑張ります!!

では、「真の面目」いきましょう

めん‐ぼく 【面目】  1 世間や周囲に対する体面・立場・名誉。また、世間からの評価。
めんもく。「―を保つ」「―をつぶす」
2 物事のありさま。ようす。めんもく。「従来と異なった―を呈する」

前回に引き続き、全力を出し切る的なお話ではありますが
今回のキーは

  常に、自己のありったけを出して、
  もうひと押し、もうひと押し努力を積み上げていく

これだと思います。

振り返ってみると、この課外授業の中でも同じようなテーマは過去に
何度も出てきてるんだよね。

469 「最後まで諦めない」
525 「何度でもやり直す」
561 「忍耐」

いずれにも共通して云えるのは
諦めず、途中で投げ出さず、遣り続けるということ

今回の本文中に書かれていた、
いい意味で「諦めの悪さ」が必要ということになりますね。

もう、何回も引用してきているけど
ウォルトディズニー、カーネルサンダーズ、エジソン
これらの人は、その「諦めの悪さ」を続けた結果成功を得た人たちですね。

真面目 ⇒ 真の面目を発揮する

と言うことは、

  まだできることがあるのではないか?!
  他にできることはないか?!
  もうひと工夫できないか?!

という事を、常に考え続けるということですね。

この感覚思い出しました。
僕が、遊びモード120%の時の感覚です。

そういう意味では、最近仕事でも遊びでもこのモードまで行けてないかも
コレを機会に、先ずは遊びから(w)

 「ここからが、自分らしさの発揮どころ!」
 と思って、もうひと踏んばり

してみたいと思います。

2014年7月26日土曜日

仕事の課外授業-566「全力を傾け切る」 の感想

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  人が真に自分を鍛え上げるには、

  現在自分の当面している仕事に対して、

  その仕事の価値いかんを問わず、

  とにかく全力を挙げてこれにあたり、

  一気にこれを仕上げるという態度が大切です。

              『修身教授録』森信三著(致知出版社)

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仕事の課外授業-566「全力を傾け切る」 より





みなさん、こんにちわ。
とても天気の良い、暑い日ですが、如何お過ごしですか?

今日は、妻と息子が急遽キャンプに行ったので
家で色々片つけしたりしています。
あと、昼からパワーランチで編集会議。

さて、「全力を傾け切る」行きましょう。

さてさて、このメルマガを読み始めて長いこと
この感想文活動を始めて、2年ちょっと経過したわけですが、
今まで、自分の生活の中で悩みがあったり、問題があったりしたとき
やってくるのが、この金曜朝の課外授業でした。

不思議なものだよね、どこかで観てるの?
ってタイミングでやってくる。

分析してしまえば、カラーバス効果の一つだとはおもおうんだけど

※カラーバス効果とは、
意識していることほど関係する情報が
自分のところに舞い込んでくるようになるといったもの。
例えば、「今日のラッキーカラーは赤」といわれると、
街でその色ばかりに目が行くなども、カラーバス効果である。

こういったものをきっかけに自分の中でなんかモヤモヤしていた事に対し
深く考えられる機会になるというのは、すごく良い事だと思ってます。


今回のキー

やると決めたのであれば、全力でやる

これに尽きると思います。

「意味があるかないか」
「価値があるかないか」
この二つをきちんと考えるというのは必要だけど
それは、やるかやらないかを判断する時に決めることであって
やると決めた以上、うじうじ「そもそもこれって・・・」とか云わずに
やり抜く。その姿勢が凄く大事だということ、心打たれました。

会社とかでも、やるって決めた後から
「そもそも意味あんの?」「やるとどんな価値があんの?」
っていう意見、よくありますからね。

例えば、
「誰かの役に立ちたい」
「お役にたてることが嬉しい」

って気持ちで何かに取り組む時は
正に、「努力姿勢」と「誠実さ」の現れなんだと思います。

 「内容によって、姿勢が違う」
 「相手によって、態度が違う」

では、誠実さは現れてきませんもんね。

やると決めたのであれば、全力でやる
誠実さをもって、努力姿勢を持って
要領よく手を抜くのではなく、やり抜く姿勢を大事にしたいです。

今日は、ここまで。
それでは、みなさん御機嫌よう~

2014年7月19日土曜日

仕事の課外授業-565「平常心是道」 の感想

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  剣を持ったり、座禅をしている間だけが修行ではなくて、

  むしろ真の修行は、竹刀を捨て座禅を解いてから始まる

  というわけです。

         『修身教授録』森信三著(致知出版社)

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実は、先週日曜で誕生日を迎え、39歳となりました。
気づけば39歳。長いようで早いようで、
来年は40歳になるかと思うと、まあまあいい感じに
歳をとれてきてるかなと思っております。
今後ともお見知りおきください

では、本題 「平常心是道」行きましょう

今回のポイントは、

 「修行場は、修行のきっかけに過ぎず、
  真の修行は、修行場を離れた日常にある」

というところにあると考えます。

僕自身、長い間、仕事とプレイベート、平日と休日を全く別々のものとして
捉えておりましたが、
妻をきっかけにNPOの活動に関わりだしたことで、
そこの境目が無くなってきた気がします。

平日仕事で学んだ事を、休日プライベートで
妻やその他NPOで働く友人達にに教えて上げる事が出来たり、
休日の子育てに関する資料や心理学的な考えを、
平日の中で後輩との接し方に生かしたりと
二つを切り分けない事で、両者がクロスオーバーしてきて
色々な事が上手く回りだしたような気がします。

一方、仕事とプライベートという面では大分良いですが

この、課外授業を書いているときの気持ちと平日の態度となると

 修行場以外のところでこそ、
 「より精神的な緊張を持っているようでなければならない」

マダマダですね。
課外授業の感想を書いている時は、正に修行場なので背筋を正し
ビシッとした気持ちになるのですが、
ポチット「公開」ボタンを押した後、少しづつ少しづつ時間が経つにつえれ
色々忘れていってしまっている気も・・・

以前、「下座行」の回で

 せめて自宅のトイレ掃除から始めたいと思います。

と宣言しましたが、現時点ではコレが出来てないなぁ~

これに関しては、意識的に分けているつもりでは無いですが、

 「平生こそが大事」である

という言葉を胸に、課外授業から離れた時間でも
克己の気持ちで行きたいと思います。

というところで、本日は以上。



2014年7月13日日曜日

仕事の課外授業-564「世の中は正直」

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  もし裏を見、表を見て、

  ずっと永い年月を通して、その人の歩みを見、

  また自分の欲を離れて見たならば、

  案外この世の中は公平であって、

  結局はその人の真価通りのものかと思うのです。

         『修身教授録』森信三著(致知出版社)

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仕事の課外授業-564「世の中は正直」 より




こんにちは、渡辺です。
今日は、すっかり夏日和で気持ちがいいね。
空は晴れ渡り、とても気持ちがいい昼前の時間です。

よーしこれ書いたら、サラダ一杯食べてゾンビ映画みるぞ~

それでは、564 「世の中は正直」感想 いきます。


今回はポイントというか、希望、そうあって欲しい

  「天は、公平であり、人間の努力を決して見逃さない」

これに限るね。
ここまで!ってしてもいい位。

この言葉を心底信じれるかどうか、っていうところなのではないでしょうか?
で、結局信じきれないのは、何でか?って考えた時に何が原因かっていうと

  「我欲」に対するメッセージが含まれているのかもしれません。

恐れ入りました!

自分は、こんなに頑張っているのに!
自分は、相手のことをこんなに考えているのに!
自分は、じぶんは、ジブンハ、JIBUNHA、、、
とどのつまり、自分一人の利益・満足だけを求めた結果が

不公平だ ヽ( )`ε´( )ノ ぶう

という気持ちが前面に出てきてしまう事になっちゃうんだろうね。

 自分を信じて、努力を続ける

為には、前回の最善感が必要ということで、
森信三先生が、この二つを、人生の根本信念とおいていることが
少しだけ分かったような気がします。

自分の身の回りで起きていることの全ては必然であり、
しかも、今の自分にとって最善の出来事である。
だから、環境のせいにしたり、他人を責めたり、自分を責めることをしないで、
未来を信じて努力を続ける

という事なんだよね、人生って。

なんか、すごい身に沁みてきました。
それをきっちりと、自分で消化できたら

「それなら、やめる」と言いたいことを、
「それでも、やってみる」と言えるようでありたい

という風になれるのかもね。
っていうか、それを目指していきましょう!

というところで、今日はここまで。